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【石垣島Creative Labo 2016レポート】vol.3 「好きなことは自分でお金を出してやる」 十文字美信さん

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「石垣島Creative Labo 2016」、第3回目のゲストスピーカーは写真家の十文字美信さんにお越しいただきました。写真家としてはもちろん、サントリーの「金麦」や「角ハイボール・角瓶」などのCM撮影でも有名ですが、大学教授(現在は退官)、ギャラリーおよびカフェの店主としても知られ、多分野で活躍されています。十文字さんの写真やCM作品を中心に振り返りつつ、その活動の原動力や想いをお話しいただきました。

 

人生に大きな影響を与えた中島先生との出会い

 

写真家、CMクリエイター、大学教授、ギャラリーの運営と併設されたカフェの経営、そしてコーヒー豆の焙煎…と、数え上げるときりがない活動の幅について、十文字さんは「それぞれの仕事で会っている人は、私をその分野の専門家で、それがメインの仕事と思っているようです」と話します。そのため、どの分野の話が参加者に役立つかは分からないとして、写真家を目指した頃から順に振り返りつつ、おとなになって何を考えてどんなことをしてきたかを浮かび上がらせていく流れとなりました。

 

十文字さんは、自身の人生に大きな影響を与えたのは中学2年生の頃に出会った美術の中島先生との出会いだと振り返ります。中島先生は、美術家の中島けいきょう氏であり、日本画家中島清之のご子息にあたります。ある日、セザンヌが描いたコップだとして、中島先生に次のような図を見せられます(下図、黒線部)。

 

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上面は円形、底面は直線になっているコップの図に不思議がる十文字さんに、先生は「このコップの上面は見下ろしたときの形であるが、底面はそれと同じ高さに目線をおいたときの形である。つまりこの絵には<視点の移動>がある」と説明します。これが近代ヨーロッパの絵画の基本となった考え方だという説明に十文字さんは猛烈な興味を持ち、この出来事をきっかけに、中島先生を私淑するようになります。

 

十文字さんは、中島先生が移られた高校に進学して絵を習うようになります。「実は、絵を習っているといいつつ、先生の知識や感性を学んでいた」と語るように、その影響は幅広いものでした。

 

高校3年生になり「将来何をしたらいいか分からない」と相談する十文字さんに、中島先生は「だったら何もしなければいい」と言います。「それでは食べていけない」と言うと、先生は「公務員になれば何もしなくても食べられるよ」と返します。それを真に受け、十文字さんは神奈川県の地方公務員となります。

 

勢いで写真家になると宣言

 

公務員となったのちは「本当にまったく働かなかった」と語る十文字さん。しかし、働きはじめて四年目には所長が代わってしまい、新しい所長に自身の業務内容を報告しなければならなくなります。

 

「何もやってこなかったので、報告できることもないので辞めます」と告げる十文字さんは、そのとき所長室でたまたま<暗室>という文字を目にし、勢いで「写真家になる」と宣言します。退職して、夜学の写真専門学校に通い始めるも、安保闘争の激しい波のなかで学校封鎖により授業はまともに受けられない状態でした。そのため、写真専門学校も2ヶ月ほどでやめ、写真スタジオで働き始め、その後に写真家である篠山紀信の助手となります。

 

自分だったらどうするかを考える

 

カメラも持っておらず、専門的な勉強をすることができなかった十文字さんですが、助手の仕事のなかで「自分だったらこうする」「自分だったらこう考える」と業務を自分なりに工夫していきます。

 

例えば、当時はネジを回すようにしてフィルムを巻き取っていたものを、それでは時間が掛かるため、ネジ部分に棒をとりつけてクランクのようにすばやく簡単に巻き取れるようにします。また、レンズを交換するたびに、ピントを合わせるために蛇腹部分を調整するのに時間がとられた蛇腹式カメラにおいて、レンズと蛇腹の長さの対応付けをあらかじめ行っておき、篠山さんがすぐに撮影に入れるようにしたことも。そんな工夫を積み上げるなかで、十文字さんは助手となって一年ほどで篠山さんに「お前はもう辞めろよ」と独立を言い渡されます。

 

撮影の経験もほとんどないなかで、十文字さんはあと三ヶ月だけ居させて欲しいという願いを伝えます。無給で勤めた最後の三ヶ月間を、暗室に入り浸って写真の複写・現像に明け暮れ、また、レンズの使い方から露出の測り方など、カメラの基本を徹底的に学びます。

 

そして、三ヶ月が経ち、めでたく独立。とはいえ、カメラはもちろんお金もない状況でした。

 

作品の裏にある明確な意図と飽くなき探究心

 

写真家となった十文字さんは精力的に活動を開始します。友人を撮影した一連のシリーズを紹介しつつ、なぜそれを撮ったのかについては「自分で自分を撮ることはできないことはないが友達というものは自分となんらかの共通点があるはず。友達を撮れば自分の何かが分かるのではないかと思った」と述べます。

 

また、24歳の頃に取り組んだ、被写体の顔がフレームアウトされて写っていない一連のシリーズについては、私淑していた中島先生より、見えることよりも見えないことのほうが重要だと教えられたことを振り返りながら、その撮影意図をこう語ります。「写真が見えているものしか伝えられないのであれば、それは一生の仕事ではない。見えないものをどうすれば伝えられるかが、自分の写真を撮りながらやるべきことだと思った」 この試みは日本のなかでは評価されませんでしたが、J・シャーカーフスキー氏の目に留まり、ニューヨークの近代美術館での展覧会「ニュー・ジャパニーズ・フォトグラフィー」に出展されます。

 

友人を撮影した時とは真逆の発想で、「同世代で自分とは正反対の生き方をしている人はどのような人物か」と考えた結果、学習院大学の社交ダンス部員を撮影したシリーズや、自身が近眼であることから「ピントが合わないということはどういうことか」と考えて撮影した「近眼旅行」シリーズ、そして、「飛び込み自殺をする人が最期にみる光景は何か」と考えて、実際に飛び込みの名所でカメラを竿に括りつけて撮影したシリーズなど、作品のひとつひとつに十文字さんの明確な意識と探究心が浮かび上がります。

 

<本当>だと思っていることに嘘をつかない

 

毎回テーマがあり、毎回独自の切り口を持つ作品の共通点は何でしょうか。

「僕がこころがけているのは、自分が本当に思っているのか、感じているのかということ」と十文字さんは振り返ります。「人から聞いたことでも、本当かどうかを自分で確かめたくなり、また、自分が本当だと思っているからこそ自信が湧く。人が何と言おうと気にはならない」。そう考える十文字さんは、「将来は好きなことをやって食べられるようになりたい」と言う学生には、「君、社会はまったく逆だよ。もし、自分が好きなことをやりたかったらお金を払いなさい。」と話してきました。お金をもらえるというのは誰かに頼まれているからに他ならず、自分のやりたいことは身銭を切ってやることになります。

 

しかし、そうしてでもやらなければならない大切なことだというニュアンスが含まれたメッセージです。そうしているうちに、だんだんお金が入ってくるかもしれないが、結果的にそうなっただけであり、最初からそのようなことは目標としてはいけない、と話す十文字さんは、会場からあがった「なぜ仕事を頼まれるようになったのか?」という質問に、「それは、自分の好きなことを、お金を出してやっているからではないですか」と答えます。

 

当然ながら、頼まれたものを受ける以上、仕事も全力で取り組みます。CM撮影においても「例えば、この女優さんは好きじゃないけれど仕事だから…」というのは絶対にいけないことだと十文字さんは語ります。「仕事を引き受ける以上、その女優さんの魅力を見つけ出し、全力で好きにならないといけない」とする十文字さんは、自分でお金を出して取り組む作品同様、仕事においても自分にとって<本当>だと思っていることに嘘をつかずに取り組まなければならないよ、と参加者にメッセージを送りました。

 

トークイベントを終えて

 

ひとつひとつの作品の背景に十文字美信独自の視点があり、その作品に取り組まなければ気が済まないという気持ちがあったことが繰り返し熱く語られたトークイベントとなりました。クリエイターとして長く地道な活動を続けていると、ともすれば、好きなことで食べていくにはどうすれば…という思いを抱きがちになりますが、「好きなことは自分でお金を出してやる」という十文字さんの言葉は、参加者たちに特に強く響いたのではないかと思います。作品とは何か、仕事とは何か。そしてそのいずれにも共通する、自分にとっての<本当>とは何か。トークの最後に、大きな宿題を与えられたような気持ちになりました。

 

次回の「石垣島Creative Labo 2016」は、チームラボ株式会社の椎谷ハレオさんをゲストスピーカーにお迎えいたします。

 

(開催:2016年3月7日(月) 於:ホテルエメラルドアイル石垣島 レポート:光森裕樹)